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2009/01/05

私のスキー経歴

スキーブーツ修復ついでに私のスキー経歴を書いてみる。

小学生時代
母と一緒に2,3度地元島根県大佐山のスキー場へ。
町内会で子供たちをスキーに連れて行くイベントに便乗ってやつ。
当時は
ストックは竹。リングは金属で皮で繋がっていた。
ブーツは皮製で紐で縛る浅い造り。スポーツ店には今風の樹脂製のものもあった。
板はエッジが細かく分割されたもの。流れ止めはベルトで足に縛るもの。
子供が滑る緩斜面荷はリフトはなく「ロープ塔」のみ。
椅子なしリフト、Tバーのバー無しって感じ。
子供だったのでリフト券は買えず、斜面の途中から横入りしロープを握って登っていた。
手のひらが車のクラッチの役目で失敗すると急発進で吹っ飛ばされる。

大学時代
出来たばかりのスキー同好会に入会する。
中国四国九州学生大会という競技スキーにも出場。
ただ自分も含め初心者が多く高速ボーゲンでタイムアウト失格する者もいた。低レベル。
その後活動が認められ?体育会スキー部に昇格。
夏場は練習で7kmをランニング。
冬は合宿。
大会があるとリフトは一般客、出場学生は徒歩登頂。きつかった。
最後の年の大会では・・・
ダウンヒル(滑降)でアイスバーンで転倒。左肩を剥離骨折(これは後で知る)。
翌日のスラローム(回転)ではぶらぶらの手で話にならずコースアウト失格。
あまりまともな成績は残せなかったが大学時代のスキー生活は充実していた。

社会人
独身時代は冬になると会社の仲間とスキーツアーを企画。
自分が幹事をやって万座プリンスを予約したこともある。
ホテル内があまりに高額で外のスナックに晩飯食べに行ったこともあったな。。。
子供が生まれてからはほとんどボーゲン。
ボーゲンならストック無しでもバックでもなんとでもなる。
出張中に旭川やドイツで滑ったこともある。
このときは容赦なく楽しむことが出来るものの、すでに体力は衰えている。爆。

なのでいまさらスキー器具にこだわる必要はないのだけど・・・こだわっちゃう。

こんなのや  こんなの、

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